2008年4大事務所のパートナートラック

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組織化された大事務所の弁護士人員構成は、事務所にも差はあるが、代表パートナー(マネージングパートナーなど呼び方はいくつかあるが事務所を対外的に代表するパートナーである)、パートナー(シニアとジュニアを分けることもあるが内部的区分である)、アソシエィツ(シニアとジュニアを分けるが内部区分である)に分かれている。更に事務所によってはパートナーとアソシエィツの中間にオブカウンセル、スペシャルカウンセルというポジションを置く場合もある。パートナーは、通常出資持ち分を持ち、事務所の経営に責任を持ち、損益を共通にする。アソシエィツは、被雇用弁護士であり事務所の経営に参加せず、給与(ボーナスを含む)を受けとる。前者は日本の旧来型の内部的呼び方ではボス弁で、後者はイソ弁に該当する。オブカウンセルやスペシャルカウンセルは法的には被雇用の弁護士であるが、その社会的地位や特別な能力・専門性などから事務所経営には参加しないが事務所の一員としてパートナー並みかアソシエィツ以上の待遇を受ける弁護士である。

我が国の弁護士事務所は、その歴史的な経緯から弁護士個人の独立性が極めて強く、一定規模の事務所であっても、各弁護士は独立しており、すべて個人の損益は当該個人に帰属し、単に事務所経費を共同で負担し合っているだけのいわゆる個人事務所(勿論ボス弁の下にイソ弁が存在する)の集まりの場合も多い。しかし、最近のいわゆる4大事務所といわれるところや、外資系事務所は冒頭に述べた国際的な法律事務所の組織・運営形態になっている。
こういう大事務所にアソシエィツとして入ると目指すはパートナーになることである。パートナーになれば自分のクライアントを持ち、自らの裁量で仕事もできる。生活の安定度や収入もアソシエィツ時代とはずっと高くなる。弁護士数が極めて限られ、事務所規模が現在のような状態でなかった時代(実質個人事務所)には、同じ事務所で長年勤めあげれば、自分で独立して事務所を構えなければ、その事務所でパートナーになれる可能性が極めて高かった。同期で事務所に入った弁護士の多数はそのまま事務所のパートナーということもあった。当時は弁護士事務所も規模の拡大が進み右肩上がりの成長を期待でき、新人弁護士のパートナーへの夢もかなり実現性の高いものであった。海外の大事務所ではパートナーになる道、パートナートラックには厳しい同期弁護士間の競争が待ち構えているのであるが、我が国では海外の大事務所で見られるレベルの厳しい競争は殆んど見られなかった。我が国では組織・業務量が拡大するスピードが限られた数のアソシエィツを概ねパートナーにするに足りていたからである。

さて、弁護士大増員時代を迎え今後大事務所でのパートナートラックはどうなっていくのであろうか。大増員時代の大事務所のアソシエィツは、過去のような比率でパートナーになることは難しくなるであろう。事務所の収入拡大には限度もあり、パートナーに相当な年俸を分配できるパイは決まっており、パートナーに昇進できる数はほぼ決まっているのである。いくら能力が高いアソシエィツが数多くいたとしても全てをパートナーにすることは無理なので、事務所を去ってもらうこともあり得るのである。我が国ではこうしたパートナーへの厳しい選別を経験していないので将来の予測は難しいところもあるが、例えば、米国の大手事務所では、事務所により差はあるものの大体パートナーになるのに約7年かかり、競争率は約7倍といわれている。米国では更に弁護士の事務所間移動もあり、他の事務所からパートナーとしてあとから参加してくるもの、パートナーとして他の事務所に移籍するものもある。弁護士事務所では雇用は保証されているのではないのでパートナーになることができないアソシエィツは自ら別の道を選ぶか、それとなく将来を示唆されることになる。米国の大手事務所では最初の適性がわかる1年目、ジュニアアソシエィツからミドルアソシエィツへの切れ目の3年目、最終候補の残る5年目~7年目に選別のタイミングが来る。

弁護士事務所でパートナーの数とアソシエィツの数の比率を海外ではレバレッジレイシオという。後者の数を前者の数で割った数字が大きければレバレッジレイシオが高いということになる。レバレッジは文字通り梃という意味で、梃の原理でパートナーにより多くの収入を上げさせることを可能にする。米国では概ねレバレッジレイシオは2倍くらいのところが多い。事務所の取り扱い業務の種類により必然的に若い弁護士の労力を必要とする場合にはレバレッジレイシオが高くなる。例えば金融・証券などの業務分野を主とするところはレバレッジレイシオが訴訟業務を主とするところよりも高くなる傾向がある。
この数値が高いということは、良くいえば多数のアソシエィツを使い少数のパートナーが収益を効率よく上げているということで、悪くいえばパートナーによるアソシエィツの収奪である。レバレッジレイシオの高い事務所ではパートナーの数を限るというポリシーがあるのが通例であるから、パートナーになれる確率は低くなる。レバレッジレイシオが高い事務所のカルチャーとして少数の限られたパートナーが独占的な力を持ち、集中的に利益を配分するところは、当然人材の移動が激しくなり弁護士間の競争も激しいが事務所としてそれが活力、競争力にもなる。こうした事務所では事務所経営が少数のパートナーに集中するので民主的なシステムにはなりにくい。反対に意識的にできるだけ採用したアソシエィツをパートナーに取り上げていこうとする事務所は、レバレッジレイシオは低くなりがちである。パートナーの数が比較的多いので、各パートナーへの配当率は低くなる傾向がある。一方パートナーになれる確率が高くなるので組織に対する忠誠心は高くなる傾向もでてくるが、弁護士間の競争は緩やかになるかもしれない。しかし、多数のパートナーがいるということで民主的な組織運営を貫くと意思決定が遅れる可能性もある。かようにレバレッジレイシオは単なる数値以上に弁護士事務所の組織運営や文化まで語ってくれることもある。

そこで我が国の大事務所といわれる4大事務所の人員構成を調べてみた。事務所の期別ごとの弁護士数、パートナーとアソシエィツの区分を公開されている情報に基づき表にしてみたので正確性を欠くところもあるが、それぞれの事務所の傾向はこれで十分に知ることができるであろう。各事務所のレバレッジレイシオと最も若いパートナーの期は以下の表のとおりである。

事務所名 レバレッジ
レイシオ
最年少
パートナー
西村あさひ法律事務所 3.7 51期9年目
長島・大野・常松法律事務所 3.5 53期7年目
長島・大野・常松法律事務所 3.5 53期7年目
森・濱田松本法律事務所 2.1 53期7年目
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 2.7 52期8年目

弁護士大増員時代に突入して以降、これらの事務所が新卒採用に積極的なことがわかる。数年前の人員構成と比べ、若手弁護士の急増で組織構造にゆがみがでている。今後も大事務所が新卒採用を継続していくのであればピラミッドの下段が非常に大きなものになる。これらのいわゆる団塊の世代はこれまでの大事務所の若手弁護士とその将来は大きく異なるであろう。これらの若手アソシエィツの団塊全員が収益に貢献しすべてがパートナーになれるだけの収益を事務所にもたらせば、これまでのような確率でパートナーになれるであろう。しかし、これら大事務所のレバレッジレイシオをみると米国の平均と比べかなり高い。更に今後同じようなペースで新卒採用を続ければレバレッジレイシオは更に高くなるであろう。事務所のパートナーたちの経営判断によるが、こうした事態はわが国でテストされていない。しかし、パートナーになれる数には当然制限もあることからこれら大事務所のアソシエィツのパートナートラックは、ずっと厳しくなることが予想される。アソシエィツの間の競争激化で、パートナーになれる確率は下がるかもしれないし、パートナーになれる年限も長くなっていくかもしれない。一方収入と競争がバランスをとった形で組織運営を考えようとする事務所も出現してくるのであろう。大事務所を志望、選択する修了生も多いが、キャリアプランニングにおいて新しく出現した我が国の弁護士事務所の人員構成にも目を向けておく必要がある。以下の4大事務所の期別弁護士データをどう読むかは読者の判断に任せるが、近い将来4大事務所を起点とした人材流動化が進んでくることは確実であろう。

(The Rainmaker)

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