21世紀の弁護士業務の新しい価値創造:Transaction Engineering

U.S.-LawSchool

20世紀に至るまで、主要な弁護士業務は訴訟業務であるというのが社会的な通念であった。
訴訟業務は当事者間の紛争を前提とするものであり、本来であれば生じない費用と時間の負担を当事者は強いられることになり、訴訟に巻き込まれる当事者にとっては、いわば負の意味を持っている。当事者間の紛争が、訴訟という法的手続きを経るにせよ、経ないにせよ終局的に当事者間で解決しても、当事者間においても訴訟が社会においても新しい価値を生み出すことは稀である。

しかし、20世紀終盤から社会の経済活動が複雑化、巨大化すると共に司法の枠外、特に企業活動において新しい法的な需要が発生してきた。技術革新による社会の急速な産業構造の変化に伴い、個人に代わり企業がこれまで以上に社会での存在意義を増してきた。一方、企業による経済活動を規制し、秩序立てる法律も必然的に複雑化し続けている。更に、20世紀終末からグローバル化の進展とともに国境を越えた企業活動が活発になり従来の国家の法的管轄権を根底から覆す事態も発生してきている。このような環境の下、企業活動を円滑に行うには従来と比べ格段に高い法的な対応能力が必要となってくる。特に、21世紀に入り、こうした企業からの新しいニーズに応えられる弁護士業務が社会から必要とされてきている。

企業は、様々な経済的取引を相手企業と私的に行っているが、それに伴い公的に様々な法的規制の制約を受けている。企業取引は信用リスク、経済変動リスク、競争リスク、技術革新リスク、訴訟リスク、法令変更リスク、天災地変リスク等様々なリスク環境の下に行われている。ここから企業において相当なリスク管理を行うことのできるよう20世紀末頃から予防法務の需要が起こってきた。弁護士が将来のリスクを未然に防ぎ、また合理的にリスクを管理する役割を果たすことが期待される。現実の業務としては、契約書の作成や交渉において、法令違反を防止し、将来予想されるリスクを管理し、防ぎ、最小化する。特にエンロン事件を契機とする各国でのいわゆるSOX法の制定、内部統制制度の導入により企業での法的なリスク管理が重要になってきたことも予防法務の企業での需要を高めている。

しかし、将来の損失を未然に防ぐことに重点が置かれるため、予防法務では、法的問題を発見することが期待され、将来の損失回避をするものの、その業務の性質上、企業活動のための積極的な価値が創造されているというわけではない。ある意味、弁護士の役割は保険のようなものであり、将来の損失回避のための保険料という認識をもされている。こうした弁護士業務も将来の紛争回避を念頭においているのであり、従来型の訴訟業務の延長線上にあると言えなくもない。多くの場合、弁護士は法的問題を指摘するのみであとはビジネス判断にゆだねるという態度をとる。

しかし、弁護士業務は、企業取引において予防法務以上の価値を創造する可能性があることに気付くべきである。企業取引は前述のように複雑で変化の激しい企業環境の下に行われる。企業はその中で利益を最大化し企業目的を達成しなければならない。様々な取引が他の企業との間で行われ、そのための契約が取り交わされる。ここで新しい弁護士業務として考えられ始めたのが、Transaction Engineeringという概念である。Engineeringとは工学分野での考え方だが、最近は金融工学という経済活動まで幅広く活用されるようになっている。このEngineeringとうい考え方を企業取引に係る法律業務に適用しようとするものである。企業取引には、勿論、簡単な法的構成で済まされるものもあるが、様々な法律が関与し、将来の経済環境の変動要素の大きい取引では、如何に複雑に関連する法律事項を組み入れ、契約や取引形態を最適化して構成する業務を弁護士が法的能力を駆使して主導するのである。

勿論、企業が行う取引の殆どすべては、定型的な取引であり契約内容も必ずしも複雑なものではない。しかし、様々な企業取引で、Transaction Engineeringの視点を取り入れることで企業に大きな収益機会を生み出すことができることが注目されるようになっている。特に、M&A、合弁事業、プロジェクトファイナンス、証券化取引、ベンチャーキャピタルファンド、不動産開発、金融商品開発などで、こうしたTransaction Engineeringの思想を取り入れた弁護士の役割が重視される。如何に契約を構成するのか?如何に取引主体の組織を構成するのか?それらの差異により、通常では実現不可能であった取引が可能になり、取引コストの大幅な引き下げの可能性も生まれ、また、取引より生じる経済価値が著しく増大させることができる。そこにおいては従来型の法廷弁護士業務や予防法務では考えられない新しい価値創造があるのである。Transaction Engineeringの能力を備えた弁護士は、新しい価値を企業に提供することができる。こうしたTransaction Engineeringを積極的に行う弁護士は着実に21世紀になり着実に増加しており、世界の主要な法律事務所はTransaction Engineeringへの対応能力を持ってきている。こうした価値の創造を可能にする能力が、競合する弁護士事務所の差別化につながってきている。

Transaction Engineeringができる弁護士の能力は従来型の法廷弁護士とは異質なものである。単なる法的知識だけでは、複雑なTransaction Engineeringは完成しない。関連するビジネスについての深い理解、会計、税務、経済学、統計学などの業際分野について知識やITリテラシーと理解力に加え、創造性、柔軟性、洞察力や取引をまとめ上げるための高いコミュニケーション能力や折衝能力も必須となるのである。当然、他の専門家たちと協働する能力や彼らとのパートナーシップ、いわゆるMultidisciplinary Practice ( “MDP”)もクライアントから要求されるであろう。更に、グローバル化した企業環境の中で、Transaction Engineeringを遂行していくためには、高い外国語能力に加え、複数の法領域についての理解も必要となる。弁護士事務所には、組織としてMultijurisdictional Practice (“MJP”)が求められる。勿論、こうしたTransaction Engineeringを行える能力をもつ弁護士や弁護士事務所の数は限られてくるであろうが、高い対価を支払っても彼らに対するクライアント企業からの需要は、今後、一層高まっていくであろう。

(鈴木 修一)

タイトルとURLをコピーしました